経済参謀

個人や私企業らの各々の個人経済系とは、
異なり、 通貨ら等の効果らが、
自己循環する、 国民経済系などの、天下経済系への体系的な認識の構築を通しても、
日本の主権者である、 日本国内らに在るべき、福利らの拡充を成す事に必要な、
情報事項らを提供する

歴史拾遺 ヒロイ ; 深大寺城❗ 。 解放を急ぐべき、 シナによる、 桜木琢磨市議ら 実質 拉致事件ら❗

☆ 深大寺城❗ ;

歴史拾遺 ヒロイ ;


せっかく、つくったのに、

攻めてこないの❗❓ ;

深大寺城と扇谷上杉氏の悲惨な物語 ;

東京都は、 調布にある、 深大寺は、

天台宗の別格本山で、 国宝の、

「 銅造 釈迦如来 倚像 」、や、

重要文化財の梵鐘 、 などを持つ、

古刹です。


また、 日本三大だるま市のひとつな、

「 深大寺だるま市 」、や、

「 深大寺そば 」、 でも、 有名なため、

人気の観光スポットとなっています。


実は、 先日に、 この近くにお城がある、

と聞き、 初詣がてら、出かけたのです。

でも、 それらしいものがない……。

いったいに、 深大寺城って、

どこにあるのでしょうか? ;


◇ え、あの枯れた林が、 お城? ;


深大寺の付近の地図を見ると、

周りに大きな緑地が広がっている、

ことが、 わかります。


深大寺に隣接する、

「 東京都立神代植物公園 」、は、

かつて、 お寺の領地だった場所。

都内で唯一の植物公園として、

時折りに、 イベント、

なども、 開催されます。


植物公園は、 有料区域、と、

無料区域に分かれ、 無料区域に属する、

一つが、 「 水生植物園 」、 です。

ここは、 植物園から、 深大寺を挟んで、

南東の国分寺崖線 ( がいせん )、の、

直下に位置したところにあり、

湧き水のある、 谷戸地形を利用して、

回遊式の水生植物庭園としたものです。


国分寺崖線は、 立川市から、

大田区までの、 約 30 キロ・メートル 、

にもおよぶ、 「 がけ地 」 、 です。


ここを、天井として、

すり鉢状になっている、 部分を、

「 谷戸地形 」、 と呼びます。


深大寺のある地域は、

国分寺崖線をはさむ、 武蔵野段丘と、

立川段丘にあり、崖下の湧き水が、

水路となって、 多摩川の支流である、

野川に合流しています。


そのため、 現在でも、 ゆたかな、

自然環境と景観が、維持されています。


水生植物園にたどりつくと、

台地の上に、 うっそうとした、

林のような場所がありました。

お気づきでしょうか、 これこそが、

深大寺城の今の姿なのです。


深大寺城は、 築城者や、 正式な、

築城年代は、 不明ですが、 15世紀には、

すでに、 築かれていたようです。


16世紀に入って、 北条氏 ;

( 小田原北条氏 )、 が相模に進出した際、

扇谷 ( おうぎがやつ ) 、 上杉氏 ;

( 室町時代に、 関東地方に割拠した、

上杉氏の諸家のひとつ ) ; 、が、

南武蔵の防衛拠点として、

ここを活用した事が、 わかっています。


1524年の、1月に、 江戸城 ;

( 上杉家への家来だった、

大田道灌氏が築城 ) ; 、を、

北条氏綱氏に攻略された、

が、 ために、 扇谷上杉朝興

( ともおき ) 、は、 巻き返しを図り、

朝興氏は、 居城の川越城から、

しばしば、 南武蔵に出撃しました。


朝興氏は、 深大寺城に、

北条氏康氏は、 多摩川での対岸の小沢城 ;

( 現在の川崎市は、麻生区 ) ;

、に、 それぞれが、 陣を敷き、小沢原 ;

( 現在の川崎市は、 多摩区 ) ;

、 で合戦に。

こうした中で、 扇谷上杉方は、

北条勢を、 多摩川で、 食い止めよう、

と、 考え、

朝興氏の跡を継いだ、 上杉朝定

( ともさだ ) 、が、

難波田弾正広宗氏に命じて、

深大寺城を増築することにしました。

13歳前後と幼かった、 朝定氏と、

彼を支えた家臣たちの、

大英断だった、 と、 いえるでしょう。


しかし、 なんと、 氏綱氏は、

深大寺城を迂回❗ ; 


川越城を、 直に攻めてきたのです。

それが為に、 朝定氏は、

松山城に敗走してしまい、

深大寺城は、 軍事拠点としての、

価値が、 なくなってしまったのです。

せっかく、つくったのに、

スルーされるなんて……。


◇ 深大寺城をめぐる、 北条氏、と、

扇谷上杉氏の動き❗ ;


北条氏は、 扇谷上杉勢を、

北に追いやったので、 多摩川の、左岸の、

深大寺城は、

小田原城への防衛には、 不要になったのか、

史料にも、 深大寺城は、 出てきません。


そのまま、 廃城となったようです。

もったいない。 ただし、

城が、 手付かずで残ったことで、

貴重な遺構になっています。


深大寺城は、 1998年に、

東京都指定史跡、2007年に、

国の史跡に指定されました。

使われなかった城も、これで、

浮かばれるかもしれません。


扇谷上杉氏への祖先員は、

室町幕府を開いた足利尊氏氏への、

母方の叔父、な、 上杉重顕氏です。


南北朝時代に、 重顕氏の養孫にあたる、

上杉顕定氏が、 関東に下向し、

鎌倉公方 ; ( 室町幕府が、

東国に置いた出先機関 ) ;

、 に仕えて、 鎌倉の扇谷に居住した、

ことから、 扇谷上杉氏 、

と、 呼ばれるようになりました。


扇谷家は、 他の上杉諸家と同じく、

関東管領を継承する、

権利を有していましたが、

事実な上での、 宗家である、

山内上杉家が、 関東管領を、

ほとんど、 独占した、 がために、

室町時代の前半には、 さほど、

大きな勢力を持った家でなかったのです。


しかし、 室町時代の内乱である、

「 上杉禅秀の乱 」、と、 「 永享の乱 」、

において、 それぞれで、

勝利した側についたことから、

地位を向上することが、できました。


戦国時代に突入すると、 扇谷上杉氏は、

相模を中心とする、 戦国大名として、

成長しました。

扇谷上杉氏は、 川越城、江戸城、

岩槻城を築城させて、

武蔵の分国化の足がかりをつくり、

川越に拠点を移すことに。


1477年の、 「 長尾景春の乱 」、という、

戦いは、

扇谷家の、 領国な、 武蔵において、

展開されています。


このときに、 和平に力を入れたのが、

扇谷家の家宰であった太田道灌氏でした。

長尾景春の乱は、 山内家の当主と、

家宰との対立により起こった物でしたが、

同じことが、 扇谷家でも起こり、

上杉定正に、大田道灌氏は、

暗殺されました。


その後は、 関東への領有をめぐり、

山内家との対立が顕在化、 1493年には、

定正氏と連携した、 伊勢宗瑞氏 ;

( 後の北条早雲氏 ) ; 、が、

堀越公方・足利茶々丸を攻撃しています。


伊勢宗瑞氏 ( 北条早雲 )、 は、

伊豆において、 自立し、 相模の領地は、

宗瑞氏とその子孫 ( 小田原北条氏 ) 、

に、 切り取られて、

支配権を失ってゆきました。


宗瑞氏は、 平定した領土を、

自分の領土にしていたのです。

また、 扇谷上杉氏と山内上杉氏が、

内紛状態となり、 永正の乱が発生すると、

相模は、 後北条氏に浸食されてしまい、

扇谷家の重鎮な、 ・三浦道寸氏は滅亡、

後北条氏は、 武蔵への侵攻を開始。


ここで、 一大拠点として活躍する、

と思われたのが、深大寺城だったのですが、

その運命は、 前述のとおり。

その後には、 朝興氏の子な、

上杉朝定氏は、 山内家と和解して、

後北条氏との戦いに臨んだものの、

1546年の川越夜戦で、戦死して、

扇谷上杉氏は、 滅亡してしまいました。


上杉氏には、 系統の不明な、

一族も多いことが、わかっていますが、

関東管領だった、 山内上杉憲政氏は、

越後の戦国大名な、 長尾景虎氏へ、

上杉家の名跡と関東管領職を譲り、

景虎氏は、 上杉政虎、

と、名乗るようになりました。

これが、のちの、 上杉謙信公で、

上杉氏の名は、 近世以降も、

残ることができたのです。


◇ お城の歩き方 ;


深大寺城をはじめ、 東京には、

百 、を超える城跡が存在しています。


立派な天守閣や石垣を持つ城だけが、

城ではなく、 中世の、

「 山城 」、 のような物が、

沢山にあるのです。


その多くは、 公園の片隅にあったり、

謎の丘として、 たたずんでいたり。

立ち入り禁止区域は、 危険ですし、

もちろんな事に、

立ち入っては、 いけませんが、

整備されているところには、 ぜひ、

足を踏み入れてみてください。


近くにある、 資料館や図書館で、

縄張り図を見ることができたら、

それを手に、 散策してみるのも、

よいでしょう。 いわば、

お城の図面ですので、これを見ることで、

お城の全体像を知り得ます。

なお、縄張り図は、 個人の方が、

作成された物が、多く流通しています。


また、 近くの地形も、 よく観察すると、

面白いでしょう。

たとえば、 深大寺城は、 植物園の、

「 水生植物園 」、 の部分にある事から、

天然の堀に恵まれた場所であった、

ことが、わかります。


国分寺崖線、な、 そのものも、

古代の多摩川が南へと流れを変えていく、

過程で、武蔵野台地を削り取ってできた、

河岸段丘の連なりで、ここには、

湧き水が多く、

野鳥や小動物の生活空間として、

貴重な自然地となっていることも、

ポイント。


深大寺城は、 城のつくられかたの、

教科書として、わたしたちに、

様々な事を教えてくるもの。

おそばを食べながら、築城に懸けた、

少年城主の思いや、

お城のあり方について、

考えてみては、 いかがでしょう。

あ、甘酒も、よいかも~。


国指定史跡 ; 深大寺城跡 ;

入園料: 無料❗ 。

開園時間: 午前9時30分 ~ 午後4時30分

休園日: 毎週の、 月曜日 ;

( 月曜日が、 祝日の場合は、 翌日 )、

年末年始 ( 12月29日 ~ 1月1日 )

https://csa.gr.jp/contents/2154

https://www.afpbb.com/articles/-/3269652


ローマ建国神話の王ロムルスの石棺? ;

約 百年前に発掘のひつぎを公開 ;

2020年 2月23日 12:8 ; 

ローマ建国神話の王ロムルス Romulus 、

のもの、 と、 考えられている、

紀元前は、 6世紀に作られた石棺が、

21日に、全世界に公開された。


この石棺をめぐっては、歴史専門家らが、

数か月にわたり、調査を行っていたが、

伝説の王ロムルスのものだとする、

合意には、至れなかった。


石棺は、 百年以上前に、

イタリアの首都な、 ローマ 、の、

中心部にある、 古代ローマ時代の遺跡、

フォロ・ロマーノ Roman Forum 、の、

地下で、 円形の祭壇と共に、

発見された。


神話では、ロムルスは、 双子の弟レムス ;

Remus 、を殺し、ローマの都を建設した、

と、 言われている。

ロムルスとレムスは、

雌のオオカミに育てられた、 とされ、

狼の乳を飲む双子の姿は、

ローマの信菩 シンボ ; シンボル ;

、 と、なっている。


しかし、 ロムルスとレムスは、 成長後に、

都を建設する場所をめぐって、

仲たがいしてしまう。

ロムルスは、 都の境界線を定める為に、

パラティーノ丘 Palatine Hill 、の、

周囲に、 四角い溝を掘った。


それをあざ笑ったレムスは、

侵略者に対して効果が、ない、

ことを証明しようと、 その、

「 壁 」、 を飛び越えた。 すると、

ロムルスは、 レムスを殺してしまった。


神話によれば、 ロムルスは、 その後に、

ローマ元老院を創設し、都の初代王として、

40年近くを統治した。

が、 ある日に、 軍の視察をしている間に、

姿をくらましてしまった。

戦の神に連れられて、天国へ行った、

とする説もあれば、

不満を持った、 元老院議員らによって、

手足を引き裂かれて、惨殺され、

その遺体は、都中にばらまかれた、

とする説もある。

埋葬すべき遺体は、

残されていなかったかもしれない。


いずれにせよ、 まるで、 ローマが、

架空の存在かもしれない、

最愛の建設者な、 ロムルス氏のために、

神殿を建てた様に、 ロムルス氏は、

カルト的な人気を獲得した。


双子は、本当に実在していたのか、

もし、そうならば、 その死後に、

憤怒した議員らによって解体された、

とされる、 ロムルス氏の遺体は、

どこに埋葬されているのか。

長年にわたり、 歴史研究家らは、

論争を続けてきた。


石棺は、 19世紀に発見され、その存在は、

当時の専門家らに知らされた。

1980年代の後半には、

科学者らによる発掘チームが、

巨大な石を特徴とした、

長く深い溝を発見。

科学者らは、 ロムルスが、

都の境界として掘った、

「 聖域の溝 」、だ、 と主張した。


石棺のあるフォロ・ロマーノを管理する、

コロッセオ考古学公園 ;

Colosseum Archaeological Park ;

、は、 最近に見つかった、

手掛かりは、 いずれも、 石棺が、

ロムルス氏への物な事を示すもので、

「 驚くべき大発見 」、 と銘打っている。


だが、 考古学者らは、 石棺の中からは、

1本の骨も見つかっておらず、

科学的な立証は、 不可能だとし、

慎重になるよう、呼び掛けている。


発掘を担当するパトリツィア・フォルティーニ

Patrizia Fortini 、氏は、 AFPに対し、

「 それは、 フォロの一帯に、

ロムルスの墓が実在するとした、

古代の情報源に基づく仮説でしかない 」

、 と述べ、

「 重要な遺跡であることは、 確かだ。

ひつぎの形は、 追悼の場となる、

記念物を連想させるが、実際に、

何だったのかは、 分からない 」

、 と語った。


ID:7zVSkAgR0 ;

>狼の乳を飲む双子は、 ローマの信菩 ;


ASローマのエンブレムにも、

その様子が描かれてるな。

クラブ・マスコットも、 狼。


ID:qLlC8RUb0 ;

世界史の教科書に載ってたなあ。

銅像の写真付きで。


ID:MjIcRwdc0 ;

Roma 、って、やっぱ、人の名前なのか。

Amor 、を逆に読んだとかじゃないのか。


ID:dsmlwbz10 >>26 ;

元は、地形に由来の名前らしいよ。


ID:bxgWxOGx0 ;

東ローマ帝国 ; ビザンツ帝国 ;

、 含めれば、 ローマって、

2千年を続いたんだから、すごいよな。


あと、 教科書で、 ローマ帝国は、

東西に分裂して、 西ローマ帝国は、

476 死なむ 、 476年に滅んだ、

と、学んだが、 当時の人らは、

分裂したとも思ってなかったし、

皇帝が無くなっただけで、

元老院や統治機構は残っていて、

滅んだ、 とも思って無かった、と知って、

結構と、 衝撃だった。


ID:Bp0sJRp80 ;

【 西ローマ帝国へ侵入して、

その王朝体制は、倒した、

ゲルマン蛮族員、な 】 、

オドアケルは、 西の帝権を東に返還する、

という形をとったらしいね。

名目上だと、東西に分裂していたローマが、

東の元で再統一されたようなもの。


東の実権は、 当然に、

イタリアまで及んでなかったから、

そのまま、 オドアケルが権力を握り続け、

東ゴートがきて、終わり。


☆ 失われた古代都市、

カホキヤの遺跡に残された、

排泄物から、明らかになったこと❗ ;

アメリカ ; 2020/ 2/8 20:30 ;

 紀元700~1500年の間に、

アメリカの中西部や南東部に広まった、

インディアン文化時代を、

ミシシッピー文化期という。


 その中心が、現在のイリノイ州は、

カホキアで、大勢の人々が、 マウンド ;

( 人工の丘 ) 、 を築き、

その周辺で生活していた。


 ところが、 日本では、

応仁の乱へ向かう頃な、 1450年頃に、

彼らは、忽然と、いなくなってしまった。


考古学者らは、 この場所が、

事実な上で放棄された、と思っていたが、

そうでは、なかったようだ。


 この地に残された人々の、

排泄物らを分析したら、

新たな可能性が浮上してきたのだ。


カホキアが滅び、 ヨーロッパ人らが、

入植する前に、 人が住んでいた、

痕跡が残されていたのだ。


 新たな研究は、 古代の人々の排泄物らに、

化学物質の痕跡を探すことから始まった。

カホキア住民の排泄物は、 長年の間に、

近くのホースシュー湖に押し流され、

土や花粉、その他の物質と共に、

層となって、堆積している。


 人間の腸内の、 バクテリア ; 細菌 ;

、 が、

ビタミン D 、 への、 原料にもなる❗ 、

『 コレステロール 』、 を分解すると、

コプロスタノール 、という、

化学物質を生じる。


これは、 その環境の中にいる、

人間の糞便の存在を示す、

バイオ・マーカーになる。


 何千年もの、長い間を、 土壌で生き続け、

これが、 土の中に存在する、という事は、

その域で、人間が生活していて、

排便していた証拠になるのだ。


 カリフォルニア大学バークリー校の、

考古学者な、 A・J・ホワイト氏らは、

実際に、土の中の、コプロスタノールと、

やはり、 微生物が、

コレステロールを分解してできる、

コレステノール 、 という、

化学物質の割合を調べた。


 この割合が、高い、 ということは、

人間の排泄物らが、 沢山、で、

存在した事を示すが、この割合だけでは、

人間の数までは、 わからない。


しかし、 人口が増えていたのか、

減っていたのか、 その速さは、

わかる、 という。


 「 人間の排泄物を調べることは、

とても、価値があります 」 ;

ホワイト氏は、 2019年の、

インタビューで答えている。


 「 これは、 考古学の分野ですが、

昔は、 目新しい物だった、と思います。

しかし、 ここから、わかるのは、

トイレに行くことのように、

日常茶飯事な、ささやかな事から、

かなり、重要なことが、発見できる、

という事なのです 」 。


 カホキアが滅亡し、 ヨーロッパからの、

入植者らが、この地にやってくるまでの、

何世紀も前の、 堆積層に存在する、

コプロスタノールの量を、 辺主 ベス ;

ベース ; 、 にすると、

カホキアが滅びた後で、

1世紀もしないうちに、再び、

元の住民グループが、

この地に戻っていたことが、わかった。


 この事実は、 ヨーロッパ人たちが、

やってくるまで、 現在のアメリカの、

中西部が、 誰も住まない荒れ地だった、

という、 一般的な考え、とは、矛盾する。


 「 1400年頃に、 カホキアが滅び、

そのまま打ち捨てられていた、

と言われていることに関して、

沢山の議論が交わされました。

私たちの研究は、この地にまつわる話に、

新たな層を加えているようなものだ、

と、思います 」 。


 1150年以降、湖底の、

コプロスタノールの量は、

徐々に減っている。

これは、 その周辺の人口が減っていった、

ことを意味している。


しかし、 カホキアの発掘からは、

頃合いは、 同じでも、 人口の減りようが、

都市がほろんだ原因では、なかった、

ことが、わかる。


 コプロスタノールの急激な減りようは、

壊滅的な洪水や激しい旱魃があった、

証拠と一致している。

このダブル・パンチが、

湖の周辺で営んでいた、

トウモロコシを得る農業に、

生計を頼っていた町に、大打撃を与えた。


 土壌の酸素同位体の割合からは、

1150年頃に、 乾燥した夏と、湿った冬、

へ、 気候が変わっていった事が、わかり、

1150年の大量の堆積物を構成する、

粒子、な、 クラスターは、

ミシシッピー側の近くで、

大洪水があった❗ 、 ことを示していた。


 カホキアは、 農業には、

過酷な気候だった、にもかかわらず、

さらに、数世紀にわたって、

このあたりの主要な地域としての、

勢力性を持ち続けていた。


 しかし、 1400年には、 すべては、

終わりを告げた。

カホキアが滅んで以降、人が、

このあたりに住んでいたことを示す、

考古学的証拠は、崩れた土手や、

Vacant Quarter 、の景色以外、何もない。


 しかし、ホースシュー湖底の泥は、

違う事実を物語っていた。

花粉やわずかな炭を含む、

コプロスタノールらは、

カホキアが滅んで、 1世紀たった頃に、

人々が、この周辺に住み、もちろん、

排泄行為もしていた事を示している。


 カホキアが滅びて、およそ、百年の間は、

コア堆積物を調べた限りでは、 その周辺は、

まるで、 ゴースト・タウンのようだった、

と、思われる。


 それから、1500年頃に、多くの、

コプロスタノールが、再び、

湖に流入し始める。

つまり、 人たちが戻ってきたのだ。


 しかし、その頃の、 カホキアは、

昔とは、かなり違った環境になっていた。

堆積物には、

樹木や植物の花粉が、昔より、ずっと、

沢山に含まれていた。

つまり、 森や草原が、 以前の、

トウモロコシ畑に開拓され始めた、

ということだ。


 牧草地は、新しくやってきた、

人たちにとって、いい環境だった。

野牛にとって、完璧な住環境だからだ。


湖の堆積物から出てきた炭の粒子から、

人々が、 狩猟の一環として、

草を燃やしたことが、うかがえる。


 春に、草原の草を燃やすのは、

同じ場所に、 新しい、新鮮な、

草を生育させるのを助ける。

新鮮な、 おいしい草は、

空腹な、バイソンらを惹きつける。


 こうした生活様式は、1700年までに、

この地域に住んでいた、

イリノイ同盟と呼ばれる、

先住民グループのと、よく似ている。


 イリノイ人らは、春と秋の間に、

村に定住し、

小さな農場や果樹園で働いた。


ほとんどの村は、 夏の間を、

バイソンの群れを追い、冬は、全員が、

小さな単位に分かれて、

収穫のない時期をを乗り切った。


カホキアの周辺に、 再び住み始めた、

最初の人たちが、 イリノイ人か、どうかは、

十分な証拠は、ないが、 ホワイト氏らは、

誰であろうと、似たような、

生活をしていたのではないか、

と、 考えている。


 この地域での、こうした生活の、

考古学的証拠が、あまり、見つからない、

のも、無理は、ない。

小規模で、移動を繰り返しながら、

暮らす人たちのグループは、

はっきりした遺物の痕跡らを、

ほとんど、残さない。

現場からは、のちのカホキア時代に、

はっきりとつながる人工物は、それほど、

頻繁には、見つかっていない。


 カホキアの周辺の人口は、

1650年頃までに増え続けた。

北米のほかの場所で起こっていた、

ことを考えると、 これは、驚きだ。


 同じ頃に、 カナダ、カリブ、

メキシコ、 アメリカの東部で、

壊滅的な疫病が流行っていたのに、

カホキアは、繁栄していたのだ。


  アメリカの内陸部は、

ヨーロッパ人たちの間で流行っていた、

病らからは、 少なくとも、 一時的には、

隔離されていた、 という事になる。


 1700年頃に、 最初のフランス人の、

宗教使節団が、 カホキアにやってきた、

ちょうどで、 1年後に、ホースシュー湖の、

周辺の人口が、減り始めた。


 堆積物のコプロスタノールも、

明らかに、 急に減った。

この頃に、 花粉の量も、 やはり、

少なくなった。

つまり、 かつて、

バイソン狩りを支えていた、

草原もまた、縮小した、 ということだ。


 記録によれば、 この地域で、

天然痘や、はしか、が、 爆発的に流行り、

さらに侵食してきた、

ヨーロッパ人らから圧力をかけられていた、

近隣のイロクォイ人たちの戦争も、

追い打ちをかけた。


 小規模なイリノイ人の人口は、

1800年代の始めまで、持ちこたえていたが、

アメリカ政府が、 強制的に、

多くのイリノイ人らを、

オクラホマへ移住させた。


今日にては、 この移住の生き残りたちは、

正式に、オクラホマ・インディアンの、

ピオリア族として知られている。

現在も、イリノイ州で生活している人を含め、

3千人近くいる。


ホワイト氏は、コプロスタノールの研究が、

社会の激変と環境の問題に直面した、

先住民の回復力と根気強さの、

重要な例を示してくれた、 と言う。


「 しかし、考古学研究の歴史を通して、

アメリカ先住民が消えてしまったことが、

その永続性よりも、 ずっと、

強調されてきました 」 。


 とくに、 カホキアでは、この町が、

放棄されたことばかりが、

注目されているのが、事実だ。


 この研究は、『 American Antiquity 』、

に掲載された。

References:cambridge / arstechnica / sciencedaily./ written by konohazuku / edited by parumo

\  SNSで、 みんなに教えよう❗ 。


☆ 女性の膀胱で、

アルコールが生成されていた❗ ;


肝移植を前に、 お酒を断っていた❗ 、

にも関わらず、 アルコール検査で、

何度も、 陽性反応を出してしまう、

という女性が、報告されました。

調査によって、女性は、 その膀胱で、

アルコール発酵を行っていた❗ 、

ことが、判明しました。


Urinary Auto-brewery Syndrome: A Case Report | Annals of Internal Medicine | American College of Physicians

https://annals.org/aim/article-abstract/2761824/urinary-auto-brewery-syndrome-case-report


A woman's bladder 'brewed' its own alcohol, tripping drug test | Live Science

https://www.livescience.com/womans-bladder-ferments-alcohol.html


炭水化物、な、 糖質 、を、

体内で発酵させ、

アルコールを醸造してしまう❗ 、

「 自動醸造所症候群 」 ( ABS ) 、

は、 非常に、 まれですが、

これまでも、 報告されてきました。


しかし、 この女性は、 胃腸ではなく、

膀胱の中で、 アルコールを生成しており、

ABS 、 に似ているが、 異なるものだ、

と、 診断されました。


体内で、 ビールを醸造し、

「 お酒を飲まないのに酔った状態 」、

が、 何年も続いていた男性 - GIGAZINE 。


ABS 、の人は、

その胃腸管の内の、 微生物が、

炭水化物を、 アルコールに変える❗ 、

が、 ために、

炭水化物な、 糖質 、 を食べる、

だけで、 酔っ払ってしまいます。


一方で、 この女性は、 膀胱内で、

アルコール発酵が起こり、

アルコールは、 膀胱から、

その血液に流れ込まなかった、

が、ために、

酔っ払うことは、 なかったそうです。


ABS 、とは、 異なる、まだ、

名前が、ない、 病である、

が、 ゆえに、 医師らは、

「 膀胱発酵症候群 」 、

「 自動尿醸造症候群 」、 と呼ぶ、

ことを提案しています。


患者である、 61歳の女性は、

肝硬変のために、 肝移植での、

待機リストに名前を載せる必要がある、

として、 ピッツバーグ大学の、

医療センターを訪れました。

この来院によって、 長い間を、

謎だった女性の症状に、

名前がつけられることになりました。


ピッツバーグ大学医療センターを訪れる前に、

女性は、 別の病院を訪れましたが、

何度も、 尿が、 アルコール検査で、

陽性を示してしまうために、

リストへ、名前を載せることが、

できませんでした。


担当医は、 女性に対し、

「 まず、 アルコール依存症を治療するべき、

必要性がある 」 、 と、 告げたそうです。


ピッツバーグ大学医療センターでも、

一度は、 同様の診断を受けたそうですが、

女性は、 否認を続けました。


その後に、 医師らは、

女性への検査の結果らを見ていて、

「 アルコールの代謝物である、

エチルグルクロニドや、 硫酸エチル、

が、陰性である 」 、 ということに、

気づきました。


これらな、代謝物らの、 いずれかは、

通常では、 人が、お酒を飲んだ後の、

数日間にわたって、 尿の中に存在する、

とのこと。

加えて、 エタノールの検査も、

陰性であることが、示されました。


女性を担当した、

Kenichi Tamama 医師は、

糖尿病への適切な処置が行われていない❗ 、

ことから、

女性の、 血糖値と、

酵母のレベルが、非常に高い❗ 、

ことにも、 気づきました。


これらを総合し、 医師は、

膀胱に存在する微生物が、

その糖を、 アルコールに変えている、

のではないか、 と、仮説を立てました。


Tamama 医師の仮説を調査するべく、

研究者らは、 女性から採取された、

新鮮な尿サンプルを、 すぐさま、

氷の上に置き、その後に、

人の体温と同じ温度で、 培養したら、

「 著しく高いレベルの、

エタノール、への生成がみられた❗ 」 、

とのこと。


一方で、 低い温度で培養された、

サンプルや、 発酵を阻害する、

化学物質を加えられたサンプルでは、

アルコールが生成されなかったそうです。


最終的に、 尿の中での、

発酵、への原因となっている微生物は、

カンジダ・グラブラタである、

と、特定されました。


同様の報告は、これまでもありましたが、

発酵が、 死後に、判明したり、

発酵が、 膀胱ではなく、

試験管の中でのみ確認されたりしていました。


この調査結果を受けて、 女性は、

肝移植について、再考する事ができた、

とのことで、 医師らは、

膀胱発酵症候群を認識することの、

重要性を呼びかけています。



☆ ブログ 東亜備忘録❗ ;


【 シナの、 国際法に違反する形で、

運営されて来てある、

『 民事訴訟法 』 、によって、 すでに、

日本人の数千人以上が、

シナからの日本への出国を禁じられ、

実質的に、 シナに、 監禁されている❗ 、

という事については、

当方は、 数年前から、 日本の外務省へ、

何度か、 電話で、 問い合わせて、

外務省の公式見解として、

事実を確認し得ており、


今回の、 十数人だけが、

人質にされているわけでは、ない❗ 。


最初に、 外務省へ電話した時には、

シナへの担当者が出て、

『 外務省の上の者らの方針で、

事を荒立てないようにし、 この件を、

日本人たちへ、 広く、

知られないようにもしている 』 、

といった、 趣旨の、 実に、 率直な、

外務省の上司ら、への、

批判なども成してくれた。


2年ほど後に、 電話をした時には、

別の担当者が出て、

『 裁判などへ、 大使館から、

人を派遣して、

不当な目にあわないように、

努力は、している。

日本人で、 シナからの、

日本への出国を差し止められている人は、

数千人以上は、 いる❗ 』 、

といった趣旨の発言を成して、

数千人以上の日本人たちが、

不当に、 シナに囚われてある事を、

再び、 認めた❗ 。


市会議員の、 桜木氏も、 シナの空港で、

麻薬を押し付けられ、

犯罪者に仕立て上げられて、 死刑にする、 と、 圧力を掛けられてある状態で、

シナに囚われてある。


大変に、深刻な事態らの進行している、

事について、

日本の大新聞らも、

政府機関らの役人らも、 NHK 、も、

与野党の多くの政治家らも、 皆がみな、

自らが、 身代わりに成ってでも、

自らへの、 主の格にある、

日本国民たちを、

日本の主権者として、 助け出すべく、

働き合うべき、 立場にありながら、


シナと密約まで成して、

反日プロパガンダ犯罪行為ら、への、

後押しをも成して来てある、

アメリカの幹部ら、 の、

顔色をうかがうような者ら、

ばかりしかいないが為に、

皆がみな、 だんまりを決め込んでいる、

為体 テイタラク 、 だ。


シナ朝鮮らの、

反社会的な儒奴らへ対しては、

より、 気でも狂ったかのように、

極端な反撃性らを成して、

その部族ヤクザ員らを根絶やしにする、

姿勢をも打ち出して観せる位、

以上の事をやって、

初めて、 有効に、

その暴虐性らを、 より、

未然にも、 封じ込め得るものであり、


その身内部族における、 序列の低い、

女性らが、 自らへの、 祖父などの、

より、 序列の高い、身内員らの代わりに、

自ら、 当局へ名乗り出て、

死刑にされる事などを、

その儒教型の部族道徳律における、

義務な事なり、

準義務事項なりとして、

成し行う事さえある、

シナ朝鮮らの儒奴らへ対しては、

より、 その身内な、

部族ヤクザ員らへの絶やしをためらわない、 態度を成して、当たる事こそが、

その在り得る暴虐性らを、未然に、

最小限に防ぐ上で、

決め手に成る事であり、


彼らを、 なだめれば、 なだめる程に、

日本国民たち、 等への、

彼らによる暴虐性らが成る事を、

呼び寄せてしまう事になる。


幣原喜重郎首相が、

シナ人らを、宥めに宥めて、

シナ人らの、 一般の部族倫理性にもよる、

暴虐性らを露呈した事件らの在りようらを、

日本人たちへ、 隠してまで、

シナ人の強姦殺人鬼らをかばった事が、

次から次に、

合法に、 シナに暮らしていた、

日本人たちへの、 シナ人らによる、

強姦な行為らと、 なぶり殺し、な、

行為らとを呼び寄せた、

歴史の実例な事らを、 より、

日本人達は、 踏まえるべきなのだ❗ 】 。



◇ 邦人男性、中国で身柄を拘束…

「 スパイ行為 」 、への、疑い❗ ;


  中国の東北部の遼寧省で、 5月、

60歳代の日本人な男性が、

中国当局に身柄を拘束された❗ 、

ことが、わかった。


 日中関係筋が、明らかにした。


 中国当局は、 拘束の事実を、

同省の瀋陽にある、

日本総領事館に通報した。

中国当局は、 その際、

拘束の具体的な場所や、

状況は、 知らせなかったが、

男性が、 「 スパイ行為 」、に関わった、

疑いがある、

と、 告げた 、 という。


http://www.yomiuri.co.jp/national/20170602-OYT1T50101.html


 N速+から。

 現地の邦人を守れないのに、 なんで、

渡航を許可するかなぁ。

 この状況では、 渡航の自粛を呼びかける、

事を検討する事になる、と発表すれば、

すぐに、 対応してくるだろうに。


☆ 三橋貴明氏❗ ;


「店じまい国家」からの脱却を❗(前編)


2020- 2-26 7:55:28

三橋貴明オフィシャルブログ

「新世紀のビッグブラザーへ blog」

https://members9.mitsuhashi-keizaijuku.jp/


チャンネルAJER

『数字から分かるアベノショック(前半)』

三橋貴明 AJER2020.2.25

令和の政策ピボット呼びかけ人に、

高橋あさみ様(私立Z学園高等学校 1年4組 16歳)が加わって下さいました。

また、メルマガ

「令和ピボットニュース」が始まりました。

皆様、是非とも、メルマガ登録を!

三橋TV第201回

【「家計簿にたとえると~」に対抗可能な

子供国債券】



三橋TV第201回【「家計簿にたとえると~」に対抗可能な子供国債券】

 さて、これは確定的な話ではないのですが、安倍政権が1月末時点で中国人の入国禁止、

中国への渡航禁止措置に出なかったのは

なぜなのでしょうか。

(今に至ってもやっていませんが)


 アメリカは、国務省が1月31日に、

アメリカ国民の中国への渡航を禁止。

大統領令により、アメリカ入国前

14日以内に中国

(香港とマカオの特別自治区を除く)

に滞在歴のある人間の入国を禁止。

さらに、政府の方針を受け、

アメリカの大手航空会社は、

中国便の運航を全面停止しました。


 2月4日には、イギリス外務省が

COVID-19の感染拡大を受け、

イギリス国民は可能な限り

中国から退避するよう勧告を出しました。

 ロシアも、1月31日に

対中陸上国境を閉鎖。さらに、

2月20日に中国人の入国を禁止。


 なぜ、安倍政権は「他の主要国」に倣い、

早期の段階で中国人もしくは

中国に滞在している

外国人の入国禁止措置を出さなかったのか。

 というわけで、仮説の話になるわけですが、

仮説1:中国人様向け

インバウンドの「カネ」を惜しみ、

入国禁止措置に踏み切らなかった。

仮説2:4月に

習近平国家主席来日を控えているため、

中国サイドに気を使った

仮説3:仮説1と仮説2双方が理由

 何しろ、安倍内閣は

「春節に際して、そしてまた、

オリンピック・パラリンピック等の

機会を通じて、更に多くの

中国の皆様が訪日されることを

楽しみにしています。

その際、ぜひ

東京以外の場所にも足を運び、

その土地ならではの

日本らしさを感じて頂ければ幸いです。

(後略)」

 という

「安倍晋三内閣総理大臣春節祝辞」を、

1月30日まで

在日中国大使館のHPに掲載させていました。

 また、時事通信は、2月19日に配信した「政府、広がる批判に焦り

「水際で失敗」、

支持率に影―新型肺炎」において、

『(前略)政府は当初、

発熱症状や中国・武漢市への

渡航歴、武漢滞在者との接触がある人らを

ウイルス検査の対象にしていた。

ところが

2月に入り、感染経路の分からない

感染例が続出。

首相側近は

「1月時点で

中国人全ての入国を止めるしかなかったが、

もう遅い」と頭を抱えた。

 政府関係者によると、

習近平国家主席の国賓来日を控えて

中国側から

「大ごとにしないでほしい」

と要請があったといい、これも

後手に回った要因だとみられる。(後略)』

 と、書いています。


 「もう遅い」。はい、わかります。

なし崩し的に中国人を入れてしまい、

COVID-19の

アウトブレイクが起きてしまえば、

その後は、

「もはや

中国人の入国禁止をしても手遅れだ。あとは

国民の自己責任」

 とか何とかいって、中国人に対する

国境強化を「諦めさせ」、

日本人が次々に感染、死亡していく。

現在の日本では、よくある

パターンでございますよ。


 もっとも、「仮説1」は

悲惨なまでの「逆効果」となりました。

中国人を入れ続けたため、

日本国内で

COVID-19の

アウトブレイクが始まりつつあり、

インバウンドは激減。

『訪日客で混雑していた

「京の台所」錦市場も閑散

新型肺炎で「売り上げ3割以下」

と店主悲鳴

 いつもは満員電車のような

混雑の「京の台所」の錦市場

(京都市中京区)を買い物客が

悠々とすれ違う。

「ここ数日、売り上げは

例年の3割以下。こんなに悪いのは

初めてだ」。

長年、食料品店を営む男性は嘆く。

 新型コロナウイルスによる

肺炎の感染拡大は、訪日外国人で

にぎわいをみせていた

京都の風景を一変させた。

特に中国政府が

海外への団体旅行を禁止した

1月末以降は観光客が激減。

インバウンド需要を追い風に

好調だった宿泊・小売などの

観光関連産業に深刻な影響をもたらしている。

 男性の店舗では、数年前から

中国人観光客の好む

高額商品を増やすなど品ぞろえを変えた。

「爆買い」に支えられ、

売り上げを伸ばしてきただけに、

「東京五輪までに何とか終息してほしい」

と先行きの見えない状況に不安を募らせる。(後略)』

 

 そもそも、インバウンドへの依存を高めた

観光業が悪いんだ!とは、言いません。

悪いのは日本政府です。安倍政権です。


 日本国民のデフレによる貧困化を放置し、

観光業が外国人様頼みにならざるを

得ないように仕向けた。

安倍政権による緊縮財政、規制緩和、

自由貿易のトリニティの結果が、

現在の惨状なのです。


 仮説2の方ですが、十日前の時点でも、

日本政府は習近平を予定通り招待する

と断言していました。

『習近平国家主席の訪日 現時点で

予定どおり 茂木外相

 ことし4月に予定されている

中国の習近平国家主席の日本訪問について、

茂木外務大臣は

衆議院予算委員会の集中審議で、

日中両国間は

連携して準備を進めていくことで

一致しているとして、現時点では

予定どおり行われる

という見通しを示しました。(後略)』

 もっとも、中国自体が

全国人民代表大会(全人代)の延期を

正式決定した有様です。

『中国、全人代の延期を正式決定

開幕時期は決まらず

 中国共産党の習近平

(シー・ジンピン)指導部は

24日、全国人民代表大会

(中国の国会に相当)の常務委員会で、

3月5日に開幕する予定だった

全人代の延期を正式に決めた。

新型コロナウイルスによる

肺炎の収束が見通せず、

新たな開幕日も示せなかった。

全人代の先延ばしは極めて異例。

習氏の4月の国賓訪日にも影響する

可能性がある。』

【歴史音声コンテンツ 経世史論】


http://keiseiron-kenkyujo.jp/apply/

※「歴史に魅せられて、myと辿る邪馬台国への道(前編)」が視聴可能となりました。

 そして、ついに来るべきものがきた、

という感じです。

『IOC委員、東京五輪開催の判断

「5月下旬が期限」

 AP通信は25日、

国際オリンピック委員会(IOC)の

ディック・パウンド委員(カナダ)が、

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、

東京五輪の開催の可否について、

5月下旬が判断の期限になる

との考えを示したと報じた。(後略)』

 これほどまでに危機管理能力がなく、

アウトブレークに際しても

「自己責任」的な対策しか出さない

日本政府、店じまい国家である以上、

五輪中止の検討が始まって当然です。


 日本が「店じまい国家」である証拠を、

一つだけご紹介しましょう。

 厚生労働省は、COVID-10に関する

Q&Aにおける、 

『問13 感染が疑われる場合、

どこの医療機関に行けば

検査、診療をしてもらえますか? 』

 という質問に対し、

『風邪の症状や

37.5度以上の発熱が

4日以上続く場合、

強いだるさ(倦怠感)や

息苦しさ(呼吸困難)がある場合には、

最寄りの保健所などに設置される

「帰国者・接触者相談センター」に

お問い合わせください。』

 と、回答していますが、

この「最寄りの保健所」を

削りに削ってきたのが、

97年の橋本政権以降の日本政府なのです。

【日本国内の保健所数(合計)】


http://mtdata.jp/data_68.html#hokenjo

 わたくしが「国家の店じまい

(最初に使ったのはたぶん、

佐藤健志先生ですが)」という

表現を多用する理由が分かるでしょ。


 店じまい国家は、

消費税増税のショックに

COVID-10による

消費激減が加わっても、

何の対策も打ちません。

店じまい中の店舗が、

客からの要望に答えますか? 

商品仕入れに支出しますか?

『新型肺炎で麻生氏、追加経済対策

「いますぐ何か考えているわけではない」

 麻生太郎財務相は

25日の閣議後の記者会見で、

肺炎を引き起こす

新型コロナウイルスの拡大を受けた

追加経済対策について、

「今すぐ何か考えているわけではない」

との認識を示した。(後略)』

 はいはい、どうせ「今すぐ」は

もちろん「将来に渡り」何も考えないし、

何もしないのでしょ、

店じまい国家の経理部長殿。

 もっとも、わたくしは

日本国家が店じまいを進めている段階で

非常事態に直面したからといって、

「もうだめだ~っ!」

 と、言いたいわけではありません。


 むしろ、こんな有様だからこそ、

国家の店じまいの「転換」のために

努力しなければならない。

現在の我が国の非常事態は、

店じまい国家ら脱却するための

ラストチャンスかもしれないのです。

(明日に続く)

「店じまい国家からの脱却を!」に、

ご賛同下さる方は、

↓このリンクをクリックを❗ 。



☆ ガン細胞たちは、

ブドウ糖だけ、 を、

唯一の、主な、栄養分としてあり、

糖質を制限する事を含む、

ビタミン・ケトン療法は、

ガン細胞たちを兵糧攻めにする事でも、

ガン、の、あり得る度合を減らす事になる。

タンパク質たち、と、

ビタミン、たち、に、

ミネラル 、たち、を、 完全以上に、

飲み食いなどして、 摂取し続ける、 事が、

一部の人々を除いた、

ほとんどの人々の健康性を成し続ける、

代謝ら、を、

完全以上に、 成し続ける事に、 必要であり、

これら、を、 より、 欠いてしまう事は、

万病を引き起こす、 可能的な度合ら、を、

より、 余計に、 成す事を意味する。


☆ Cancer cells

Only glucose,

As the only main nutrient,

Including restricting carbohydrates,

Vitamin / ketone therapy

Even if

you make cancer cells attack soldiers,

This will reduce

the possible degree of cancer.

With proteins,

Vitamins,

Minerals, more than complete,

Drink and eat, keep taking,

Excluding some people,

Keeps the health of most people,

Metabolism,

It ’s necessary to continue

to do more than perfect,

The more you miss these things,

Cause all kinds of illness,

possible degree,

More than that, it means to do it.


☆ いずれにせよ、

日本人たちは、 より早くに、

日本人たちの足元の、 地下へ、

より、 どこからでも、

より、 速やかに、 落ちついて、

歩み降りてゆき得る、 避難経路ら、と、

より、 快適に住める、 避難所らとを、

作り拡げてゆく、

公共事業らを成す事により、


日本の、 財務省の役人ら、と、

与野党の、 主な政治家らとが、


英米のカネ貸しらの主張する事らを、

そのまま、自らもまた、

オウム返しにして、主張し、

実行もする事において、


日本政府の財政における 、緊縮 、

を、 繰り返し、 成す事を通して、


彼らへの、 主 アルジ の立場にある、

日本の主権者としてある、日本人たちへ、

物価だけではなく、

その労働らへの賃金らの水準へも、

より、 押し下げる向きへ圧力をかける、

要因らの系である、

デフレ不況性 、を、

押し付け続けて来てある、


その、 デフレ不況性 、を、

解消し去ってゆく、 と共に、

日本人たちの防衛性の度合いを、

飛躍的にも高めてゆくべき、

ぎりぎりの状況にも、 ある 。


地上を襲い、 地上をおおい得る、

あり得る、 災害らへ対して、


地上に、 避難所らや、

避難経路らを設定して、

日本の主権者たちを、

それらへ誘導する事は、


人食い虎どもの住む、 密林へ、

わざわざ、 人々を誘導する事に類する、

行為であり、


日本の主権者としてある、

日本人たちの一般 、へ対して、

個々の日本国民においても、

執事なり、 召し使いなりの立場にある、

公務員などの、 者らにおいても、

成す事が、 許されない 、

行為なり、 態度なり、 であり、


日本人たちの一般の、 あり得る、

福利ら、を、 より、 能くも、

最大限にも、 成す事を、 約束して、

日本の社会に、 存在し、 存続する事を、

日本国民たちの一般から、 許されてある、

筋合いにある者としての、 義務 、 に、

違反性を成す、 行為であり、


それが、 作為型では、 無く 、

無知性と痴愚性とにもよる、

不作為型の、 行為なり、 態度なり、

であっても、

それへの責めを負うべき、 筋合いを、

その主らの側に、 成すものである事に、

変わりは、 無い。


日本人たちには、核武装❗、と、地下避難網ら❗、が、より、日本の内外に、本格的な平和性らを成し付け得てゆく上でも、必要❗。


この事らを、 より、 日本人たちへ、

伝える措置を自ら成さない、 者らは、

より、 反日員としての、

負の度合いを、 自らへ宛てて、

観積もらせる、 筋合いを余計に成し、

より、 伝える措置を自ら成す主らは、

より、日本人たちの一般の、

足しに成り得る向きに、 働き得た主として、

正の向きの度合いを、 自らへ宛てて、

観積もらせる、 筋合いを成す。


差し引きで、 より、

どちら側であるかの、度合いを観積もられ、

その度合いらに相応しい処遇を、

宛てられるべき立場にも、

誰もが、ある。


より、 日本人たちへ、

知らせるべきを、 知らせず、

不作為型の、 煙幕を張る、

報道員ら、とか、 より、

早くに、 知らされながら、

根途の宛先や、 職場などの、

周囲の人々へ、 より、

伝える事を差し止め得て来てある者ら、は、

それによって、

日本人たちが、 押し付けられ得る、

損害性らについて、

償いを成すべく、 強いられる、

筋合いを自らの側に成す者らであり、

この連中の情報らへの差し止め、ら、

によって、 生じ得る、

日本人たちの不利益らや損害性ら、

への、 償いようは、

この連中によっても、 成されるべき、

筋合いにあり、

日本人たちが、 知らされるべき、

あり得る、 情報の発信経路らの、 より、

出もとな、段階で、 その、

情報な事らを知らされながら、

自分の所で、 それを差し止めて、

より、他の日本人たちへの、

伝えを成さない、 差し止め、を、

成す、者ら、は、

外国人でも、 それらによる、

より、 全体の、 あり得る、 被害性ら、への、

償いようらを成すべき、

要因性を、自らに、成す❗ 。