経済参謀

個人や私企業らの各々の個人経済系とは、
異なり、 通貨ら等の効果らが、
自己循環する、 国民経済系などの、天下経済系への体系的な認識の構築を通しても、
日本の主権者である、 日本国内らに在るべき、福利らの拡充を成す事に必要な、
情報事項らを提供する

同じ観念系らの度合いを欠いてある主らには、我々の観念性らを知る事が、できない 。 日本内外史略 06

【 脳神経ら、 などの、 物理的な、 ものら、

が、 我彼 ワレカレ の観念系らの、

無い 、 場 、 たち 、 に、 おいては、


存在し得ない 、 という事へ対しては、


観念系の主らの一定数は、

『 いや、 そんな筈 ハズ は、 無い 。

誰彼の、 脳神経ら、 などは、

特定の個人の観念の宛て ・ 対象に成っている、

だけ、 ではなく、

その他の人々などによっても、 それが在る事が、

認められ得る宛てのものだ 』 、

といったような、 思い構えようらを、

成り立たせるであろうが、


その他の人々など、 なる、 者ら、 が、

特定の誰彼の、 脳神経ら、 などの、

在りようら、 を、 認め知る事においては、


その人々などの、 感ら、 や、

観念ら、が、 喚起され、 呼び起こされて、

それらの各々の、 観念な、

質としての内容を成す、 と、 共に、

それらの各々の、 その宛てとして、

脳神経ら、などの、 属性ら、が、

その観念らの、 質としての内容らにおいて、

構成されるのであり、


それは、 観念系らの各々において、

脳神経ら、 などの、 物理的な、 ものら、も、

感ら、や、 感ら、からも、成る、

観念の系ら、の、

その、 観念な、質としての内容らに、

含まれもし、

観念らの宛居 アテイ ・ 対象として、

観念な、 格付けを成されもして、

それ自らの成り立ちようらを得てある、

という事なのである。


『 我々と、 同じ、

質としての内容を成して、 在ったり、

あり得たりする、 観念系ら、 を、

部分的にではあっても、 自らに、

成したり、 成されたり、しては、 居ない 、

何らかの、 知性めいたものを働かしめ得る、

主ら 、 などには、


我々や、 我々の、 脳神経ら、などの、

物理的な、 ものら、 も、 何も、

より、 直に、 その精神系めいた場に、

現し出す形で、 知る事は、 できない 』 、

のである 。

いずれにせよ、

日本国民たちは、 より早くに、

日本国民たちの足元の、 地下へ、 より、

どこからでも、 より、 速やかに、 落ちついて、

歩み降りてゆき得る、 避難経路ら、と、

より、 快適に住める、 避難所らとを、

作り拡げてゆく、 公共事業らを成す事により、


日本の、 財務省の役人ら、と、 与野党の、

主な政治家らとが、


英米のカネ貸しらの主張する事らを、 そのまま、

自らもまた、 オウム返しにして、主張し、

実行もする事において、


自らへの主の心臓を圧迫する事により、

一定時間内に、 その内外を循環するべき、

あり得る、 血潮らの量を、 より、 少なくし、

足らなくもしてしまう事を、 繰り返すがごとく、

そ日本政府の財政における 、 緊縮 、 を、

繰り返し、 成す事を通して、


彼らへの、 主 アルジ の立場にある、

日本の主権者としての、 日本国民たちへ、


あり得る、 物価だけではなく、

その、 あり得る、 労働らへの賃金らの水準へも、

より、 押し下げる向きへ、 圧力をかける、

要因らの系である、

デフレ不況性 、を、 押し付け続けて来てある、


その、 デフレ不況性 、を、 解消し去ってゆく、

と共に、

日本国民たちの防衛性の度合いを、

飛躍的にも高めてゆくべき、

ぎりぎりの状況にも、 ある 。



地上を襲い、 地上をおおい得る、

あり得る、 色々な、 災害らへ対して、


地上に、 避難所らや、 避難経路らを設定して、

日本の主権者たちを、 それらへ誘導する事は、


人食い鮫 ザメ どもの住む、 海辺へ、

人々を誘導する事に類する行為であり、

日本の主権者として、 日本国民たちの一般 、

へ対する、

個々の日本国民においても、

執事なり、 召し使いなりの立場にある、

公務員などの、 者らにおいても、

成す事が、 許されない 、


日本国民たちの一般の、 あり得る、 福利ら、を、 より、 能くも、 最大限にも、 成す事を、

約束して、 日本の社会に、 存在し、 存続する事を、 日本国民たちの一般から、 許されてある、

筋合いにある者としての、 義務 、 に、

違反性を成す、 行為であり、


それが、 作為型では、 無く 、

無知性と痴愚性とにもよる、 不作為型の、

行為であっても、

それへの責めを負うべき、 筋合いを、

それを成す主 ヌシ 、 らの側に、

成すものである事に、 変わりは、 無い 】 。



☆ 複数の 、 務録 ブロク ≒ blog 、

らへ、 同時に、 記事を発信をしており、

頂く、 論弁らの、 一つ、一つへの返信は、

出来がたいので、 ご容赦を頂きたい。


その論弁欄らは、 情報交換の場などとし、

日記代わりにでも、 詩律句を発表する場としても、 好きに、 使われたし。



☆ フェイスブック ; 小平博美さん ;


知り合いから、 ラインがありました。


『 警察署に通う方から来たメールです。

必ず、 読んで下さい。

知らない人が、 路上で、 接近して来て、

乾燥海産物をおすすめして、

販売しようとしながら、 一回、 味見をしてとか、

臭いを嗅いでとか、 言われたら、

絶対、 絶対、 しないで。


海産物ではなく

( エチル・エーテル ) 、 1種の麻酔薬で、

臭いを嗅いだら、 意識を失う。


中国から来た、 新しい犯罪である。

周囲へ、 広く、 知らせて下さい。


実際、 事件発生、 臓器売買してるそうです。

特に、友達や親戚に、是非、 伝えて下さい。


このメールを受けたけど、

一人だけで知っているのは、 とても深刻である、

と、 思って、 送ります。

周辺の知人達に、巻き込まれないように、

早く伝えて下さい。 』



☆ 日本内外史略 06 ;


ここから、 全知全能な、 神からの、

人々が、 守り行うべき、 倫理事ら、を、

その内容に宿す、 言葉ら、を、

その、 神から、 授 サズ けられて、

人々へ、 触れ回り、

その言葉らの通りの事ら、を、

人々へ、 成し行わせるべき、 役目を負った、

存在である 、


『 預言者 』 、 である 、

ムハンマド氏、 の、

政治家で、 軍人としての能力が発動し始める。



まずは、 メッカの隊商への妨害だ。


アラビア半島の西側にあって、

紅海と、 その西なる向こうの、

アフリカ大陸を、 遠く望む位置にある、

メッカ 、と、

その北方の、 シリア 、 とを、 つなぐ、

隊商らの流途を、

何度も襲撃して、メッカの経済力をすり減らす。



襲ってきた、メッカの正規軍を迎え撃って、

見事に撃退する。


近隣の遊牧民たちを、 次々に服従させ、

やがて、 ムハンマド氏の威令は、

アラビア半島の全土に轟く様になる。


その過程で、 盟友の、 アブー・バクル氏や、

従兄弟の、 アリー氏も、 大いに合力した。


632年には、 苦節の10年を経て、

ムハンマド氏は、 ついに、 メッカへ、

再び、 入城する。


自分を追放した町に、 今度は、

征服者として、 舞い戻った。


メッカの中心にある、無数の偶像らが祭られた、カアバ神殿に入った、 ムハンマド氏は、

弓を構え、


『 真理が来た!  真理が来た!  今や、

暗黒は去った! 』 、 と、 叫びながら、

次々に、 偶像はを射倒した。


最後に、 神殿の中央におかれた、

真っ黒な隕石だけが、 残った。


ムハンマド氏は、

( 射倒しようの無かった ) 、 それを、

神である、 アッラーの象徴として、

永遠に残す事にした。


アラビア半島の全土から、

色々な部族らが、 メッカへ、 代表を送り、

ムハンマド氏に、 忠誠を誓った。



彼は、 北方で、 「 世界大戦 」を続けている、

東ローマ帝国と、ササン朝の、ペルシアへも、

使節らを送り、 イスラームへの改宗を勧めたが、


ササン朝ペルシアへ行った、 使節は、

『 砂漠の蛮族員が、 何をほざくか 』 、と、

鼻で、 笑われ、 頭に、 砂をかけられて、

舞い戻って来た。


それを聞いた、ムハンマド氏は、

喜んで、言った。


『 ペルシャ王は、 我らへ、

返礼として、 土を贈った。

ペルシアの国土が、 我らの物となる証拠だ! 』。



この、 632年は、

日本においては、 大和朝廷が、

犬上御田鍬氏ら、を、唐帝国へ、使いさせしめた、

第一回の、 遣唐使、 が、 日本へ戻ってきた、

年だ。



それから、2年後に、 彼は、重い病いに掛かり、 晩年に迎えた、 幼な妻の、 アーイシャ夫人の膝で、 死んだ。 634年 、 の、 事だった。



ヤスリブ 、 という、町は、

こうした経緯を得てから、 メディナ

( マディーナ ) 、 と、呼ばれる様に成るが、


それは、 アラビア語で、

『 預言者の町 』 、 を意味する、


マディーナ・アン=ナビー

( mad?nat an-nab? ) 、 の略だ、 という 。

預言者な、 ムハンマド氏の墓を持つ、

預言者へのモスクが、 町の中心にあり、


マッカ ( メッカ ) 、と、 併せて、

『 2聖都 ( アル・ハラマイン ) 』 、

と、称されている。


ムハンマド氏が、 634年、 に、 死ぬと、

大きな問題事が起こった。


まず、 後継者を、どうするか。

ムハンマド氏の生前は、

どんな問題事が起こっても、

彼が、 「 神の言葉ら 」 、で、 教団を導いた、が、

彼が世を去った今では、

「 神の言葉ら 」 、を、 聞く事のができる人は、 いない。


ムハンマド氏には、 息子もいなかった。


ファーティマさん、という、娘がおり、

その婿が、 彼の従兄弟の、 アリー氏だったが、

その、 アリー氏は、 : 『 私は、 まだ若く、

教祖の後継者にはなれない 』 、 と、

遠慮した。


話し合いの結果において、

ムハンマド氏の親友の、アブー・バクル氏が、

中心となり、

合議で、 教団を運営していく事になった。


もう一つの問題事は、 一層、深刻だった。


アラビア半島の部族らは、

ムハンマド氏 、 という、

特異な、カリスマ性と、 軍事的才能を持つ、

預言者に従っていたのであり、


ムハンマド氏が死んだ途端に、

「 ほな、 知らんわ 」 、 と、

一斉に、 離反してしまったのだ。


( 中には、 この預言者は、もしかしたら、

死なないのでは、 と、無意識の内に、

期待していた人たちも居て、

人並みに、 預言者が死んだので、

その生前の神がかりな事らまでが、

色褪せた様に、 思われたのかも知れない ) 。


預言者の親類でもある、 アブー・バクル氏を中心とする、 イスラーム教団は、

生き残りの為に、

アラビア半島の全体を、もう一度、

征服し直す羽目になった。


この時に、 ハーリド氏、という、武将が、

鬼神のような活躍を繰り広げる。


ハーリド氏は、 生前のムハンマド氏に、

「 アッラーの剣 」 、と、 讃えられた名将だ。


ムハンマド氏より年上だった、

アブー・バクル氏は、

わずか2年後に、 病死した。


次に、 ウマル氏、という、人が、

教団への指導者になった。


その頃は、 ハーリド氏らの活躍で、

アラビアの再統一は、ほぼ、 成っていた。


前線で戦っている、軍団の動きらは、

メッカに制御しきれなくなってきた。


彼らは、 その場その場の状況に応じて、

あるいは、 目先の戦利品らを目指して、

どんどん、戦線を拡大した。


その結果において、 際限なく、

『 世界大戦 』 を続けていた、

北の大国の、 ササン朝のペルシア、と、

東ローマ帝国の国境に、 いきなり、

砂漠の蜃気楼の彼方から、

アラブの遊牧員たちが乱入する事になる。


当時において、 「 世界大戦 」 、 は、

絶頂を迎えていた。